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中小企業におけるリスキリング

中小企業診断士 宮崎弘亘

リスキリングとは

ここ数年、リスキリング(Re-skilling)という言葉がよく聞かれます。

一般的には、企業が従業員に対して、新たな知識や技術の習得を後押しする施策やプロセスのことを指します。

 

ひと昔前から聞かれる生涯学習やリカレント教育と混同されやすいですが、「スキル(skill)=技術、技能」の言葉から連想されるように、より実践的な学びの機会を提供する場合を言います。

ちなみに、リスキリングを「学び直し」と言い換えられることもありますが、学び直しは従来型の社会人教育の範疇も含んだ大きな概念を指す場合が多いようです(とは言っても、ここでは言葉の定義を論じたいわけではありません)。

 

リスキリングの身近な例

私がリスキリングを身近に感じた例を挙げたいと思います。

 

それはとりもなおさず私の身内、妻の事です。私の妻は、20年近く同じ歯科医院に勤務し、事務の仕事をしています。

職場の勧めもあり、今春から歯科衛生士の資格を取得するための学校に行くようになりました。

週5日、日中は職場で仕事をして、夕方から専門学校の夜間コースに通っています。

学費は職場が全額支給、勤務時間も短くして下さっています。

 

妻はというと、元来学ぶことに対しては抵抗がない人でしたが「どうせやるなら…」とがぜんやる気です。

学校に行き始めて以降、国家資格の専門職だけあって日々たくさんの課題が出ているようですが、目を見張る努力で頑張っています。

もともと妻は、医療事務や現在の仕事に関連する周辺資格は複数取得しており、長年の経験からも、事務や接客関連の業務はひと通りこなすことができます。

これに歯科衛生士の資格が加われば、職場にとっても鬼に金棒です。

専門的な仕事ができる歯科衛生士の人材層に厚みを持たせることで、生産性と効率性を高めることができます。

 

一方で、時短勤務に切り替えるため、その分の労働力を補完するなど、追加的なコストも発生していると考えられます。

妻が資格を取得できるのは、規定のカリキュラムを終えた後、試験を経て3年を要します。歯科医院は毎日予約が一杯で盛況ですので、体制を変えることの大変さは想像に難くありません。

しかしそのような時間と費用をかけることによって、一従業員の職域の広がりのみならず、組織機能の向上が期待できます。

 

リスキリングが注目される背景

リスキリングはなにも日本だけの流行ではなく、世界的にも注目されています。

 

背景には、デジタル技術によるビジネスモデルの転換や業務効率化、いわゆるデジタルトランスフォーメーション(DX)の流れがあります。進歩の速さに追いつくための知識武装と並んで、デジタルシフトよって失われる雇用への危機感があります。

 

それゆえ、リスキリングは、企業内においては職種の変更や他部門への異動、個人においては業界の転向も想定した転職といった文脈とセットで語られることも散見されます。

 

国レベルでは2022年10月に行われた臨時国会において、岸田首相が「人への投資」に5年間で1兆円投じることを発表しました。

大枠は、学び直し(リスキリング)を起爆剤にして、労働移動を活性化させ、賃上げを促進することが狙いのようです。

この政策は、「成長分野に移動するための学び直しへの支援」を主な目的としていますが、リスキリングが大きな社会トレンドになっていることの一つの表れと言えそうです。

 

中小企業における現状

では、中小企業での学びの活性化の進展はどうでしょうか?

 

業種、職種、環境等は千差万別であり、それぞれの職場によって対応はまちまちであることは論を待ちません。

これを前提として、リスキリングの実施度合いに関する調査について、いくつかのオープンデータをネット上で検索してみました。

 

調査時期や母数等の条件によって数値の違いはありますが、規模別では、大企業・大企業系グループ会社に比べて中小企業の実施比率はいずれも下回っていました。

リスキリングの施策を行うにも、インフラの整備や場の提供に時間やコストを要することも障壁になっていると考えられます。

それゆえ、相対的に資本力が弱い中小企業が取組みにおよび腰になることは頷けます。

 

2023年度版の中小企業白書/小規模事業白書(※)には、リスキリングに関する調査が多面的に報告されています。

「役員・従業員にリスキリングの機会」を「提供している」と答えたのは全体の43.3%でした。

一方で、“社長自身”がリスキリングに取り組んでいる中小企業では、実施率が73.4%に跳ね上がります(「数年のうちに提供したい」も含めると96.6%になります)。

このほか、売上高の増加率の水準(中央値)では、「提供している」企業の比率が、「いずれ提供したい」、「提供意向なし」に比べて最も高いという有意な結果も出ています。

白書では、このリスキリングに関する一連の調査について以下のように締められています。

『経営者がリスキリングに取り組んでいる企業は、取り組んでいない企業と比較して業績の向上を実現していることが示され、経営者がリスキリングに取り組むことは、成長のために重要であることが示唆された。また、経営者がリスキリングに取り組む企業ほど、役員・社員に対してリスキリングの機会を提供しており、全社的なリスキリングの機運醸成には、まず経営者が取り組むことが重要であることも示唆された。』

 

出典 「中小企業白書 小規模事業白書2023年版(上)中小企業庁編」

 

取組みの第一歩として

私個人としても、この中小企業白書のメッセージに違和感はありません。

というのは、先に挙げた妻の例にしても、経営者であるドクター自身が常に多方面に学ぶ方だからです。

もちろん、職業的な必要性もあるでしょうが、それを差し引いてもよく学ばれています。

 

別の例を挙げると、私の知り合いが経営する美容院では、定期的に社員(スタイリスト)向けの技術講習会の開催や、推薦図書の貸し出しを行っています。

社長自身がとても勉強熱心な方で、金融機関の担当者からも助言を求められることもあるそうです。

また、私自身がかつて所属していた会社(中小企業)でも、学びの場を提供してくれた時の社長は常に本を片手に学ばれている方でした。

 

私見ですが、皆さんに共通しているのは、「学びの重要さを知っている」ということです。

リスキリングといっても、直接業務に繋がることとそうでない教養一般に関すること等様々です。

社長自ら学ぶことの楽しさ、喜びを伝えることで、社員のやる気にも火が付けることができます。

 

お金を掛けなくても、美容院の社長のように、お勧めの本を紹介することでもリスキリングに繋がります。

もし、まだ一歩踏み出せていなければ、まずは個人的に興味のある対象に手を伸ばされてはいかがでしょうか。

学びの楽しさや大切さを再認識することがリスキリングの第一歩となります。

 

斯く言う私ですが、身内が勉強を始めたことに刺激を受け、自分にも出来るのではないかと感じ始めました。

すると、以前から興味はあったものの諦めていた分野への欲求が再燃し、ほどなく、少しずつですが学びに向けての準備を開始するに至りました。

学びが伝播し、心理的なハードルが下がったわけです。これが、私にとってのリスキリングです。

 

以上